仕事を終えた夜。
身体は疲れているのに、頭のなかでは、まだ会議が続いている。
SNSを開くと、「考えすぎる人は、身体に戻ろう」という言葉が流れてくる。
散歩か。呼吸か。瞑想か。それとも、自然に触れることか。
どれを試すか考えているうちに、また頭が忙しくなる。そんな夜もあります。
「身体に戻る」は、一つの方法ではない
「身体性」という言葉には、いくつもの行動が含まれています。
歩くこと。
呼吸の速さを変えること。
窓辺や公園で、外の景色に触れること。
胸やお腹の感覚へ注意を向けること。
並べると似て見えます。けれど、それぞれ別のものです。
身体を動かすと、気分が切り替わる人がいる。
静かに呼吸を見ていると、かえって息苦しさが気になる人もいる。
身体の内側ではなく、木々や空のような外側へ注意を向けるほうが、負担の少ない日もあります。
「身体に戻ればよい」と、ひとまとめにはできないのだと思います。
研究が示すのも、万能な答えではない
身体活動は、主観的なウェルビーイングと小さな正の関連を示しています。ただ、運動の種類や期間は研究ごとに異なります。人生全体の幸福が上がると、一律にはいえません。
身体活動と主観的ウェルビーイングのメタ分析
呼吸法の研究では、ストレスや不安が平均的に軽くなる方向の結果も報告されています。一方で、技法や比較条件によって結果は異なり、主に調べられているのは「幸福度」ではなく、ストレスや不安です。
呼吸法に関するランダム化比較試験のメタ分析
自然との接触にも、感情面の変化と整合する報告があります。ただし、研究間のばらつきは大きいものです。歩行や人との交流など、ほかの要素も完全には切り分けられていません。
自然環境への接触に関する系統的レビュー
そして、身体感覚へ注意を向ければ、自分の身体を正確に捉えられるようになるとも限りません。マインドフルネスと客観的な身体感覚の正確さとの関連は小さく、個人差もあります。
マインドフルネスと身体感覚に関するメタ分析
ここで、方法の順位を決める必要はなさそうです。
「少し切り替わった」と「人生が幸せになった」は、同じではない。
平均的な研究結果と、今夜の自分の反応も、やはり同じではありません。
その区別だけは、残しておく。
今夜は、吐く息を一度だけ観察する
何が合うかを、今すぐ決めなくてもかまいません。
椅子に座ったまま、息を無理に深くせず、次の一息だけ。吐く時間を、ほんの少し長めにしてみます。秒数は数えなくて大丈夫です。
そのあとに見るのは、二つだけです。
- ほんの少し切り替わったか
- 不快感が増えたか
変化がなくても、失敗ではありません。
息苦しさや動悸が気になるなら、そこでやめてください。「今日は呼吸へ注意を向けないほうがよさそうだ」とわかることも、一つの観察です。
呼吸や瞑想では、不快な反応が報告されることもあります。強い症状や続く不調がある場合は、呼吸法だけで対処しようとせず、医療専門職へ相談してください。
合う方法は、その日の反応から選び直せる
hi-to-iki.comが呼吸を扱うのは、呼吸を万能な幸福法として勧めるためではありません。
仕事や日常の途中で、息はどうなっているか。
試したあと、何が起きたか。
今日は、呼吸に触れないほうがよいのか。
そんな小さな違いに気づく入口として、呼吸を見ています。
今夜は、次の一息を一度だけ観察する。それで何も変わらなければ、まあ、それでいい。
方法を決める前に現在の状態を整理したいときは、呼吸診断へ進めます。呼吸を教えすぎない理由は、なぜ「ひと息」は呼吸を教えすぎないのかでも紹介しています。